住みたい街、住みたかった街
私は、東京に住んだことがない。
部屋の窓から見えるのは、密やかな裏通りと、近すぎて眩しい赤い点滅信号だけ。
東京という街に憧れていた。
華やかで刺激に満ちた、大都会としての東京にではない。
「ソラニン」「生きてるだけで、愛。」「夜空はいつでも最高密度の青色だ」
これらたくさんの映画に出て来る、東京という日本の真ん中の街にある片隅に憧れていた。
そんな場所で、どうしようもなく生きる登場人物の一人になりたかった。
望んだはずの街にいるのになんか息苦しくて生きづらくて、一人ベランダで一筋だけ涙を流すような、そんな情けなくて綺麗な経験をしたかった。
そしてその舞台は何故か、東京でなければならなかった。
チャンスはあったように思う。
大学進学、就職活動、転職と、東京に住むという選択肢がなかったわけではない。
でも何故かいつも、その選択ができなかった。理由はちゃんとあったように思えるし、実はどうにでもなる程度の理由しかなかったかもしれないとも思う。
とにかく、いつまでたっても東京は遠くの憧れの地のままだ。
東京の街を思ってこんなところで何をしているのだろうと思う夜があり、
今住む街を思って今もそんなに悪いものではないよなと思う夜がある。
東京への憧れと今住む街への愛着の天秤が、自分を測るものさしになっている。
東京への憧れがあるから、今住む街をそれ以上に愛せるかどうかが今の自分を肯定できるかどうかの指標になっている。
今住む街で生きていく覚悟を決め始めている今、東京は「住みたい街」から「住みたかった街」へと変わりつつある。
だけど。
きっともう住むことのない東京の街よ。
それでも、ずっと輝いていてほしいんだ。
ずっと、遠くの憧れの地であり続けてほしい。
そして、東京ではない街と理想とは違う今の自分を、浮かび上がらせて。
私は、東京に住んだことがない。
部屋の窓から見えるのは、密やかな裏通りと、ずっと消えることのない赤い光だけ。
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